弓道で自分だけの弓を持つことは大きな目標ですが、最初の関門が弓の長さの選び方ではないでしょうか。多くの方が身長を目安にすると思いがちですが、実は弓道の弓の長さの決め方では矢束という基準がとても大切になります。並寸と伸寸の違いや、伸寸は何センチから検討すべきか、また三寸詰といった他の種類についても知っておく必要があります。特に女子伸寸のデメリットなど、細かい点まで理解しておかないと後悔につながるかもしれません。この記事では、これらの疑問にすべてお答えし、あなたに最適な一本を見つけるための知識を網羅的に解説します。
- 弓の長さは身長ではなく「矢束」で決まる理由がわかる
- 並寸と伸寸の具体的な違いと自分に合うサイズの目安がわかる
- 正しい矢束の測り方と、それに基づいた弓の選び方がわかる
- 後悔しないために知っておくべき注意点やポイントがわかる
失敗しない弓道で弓の長さの基本知識
身長は基準外?矢束で決まる

弓道を始め、自分だけの弓を手にしたいと考えたとき、多くの方が「自分の身長に合う弓はどのくらいの長さだろう?」と思われるのではないでしょうか。洋服や靴を選ぶように、身長を基準に考えるのはごく自然なことですが、弓道の世界では、弓の長さを選ぶ上で最も重要な指標は身長ではありません。その人固有の身体寸法である「矢束(やづか)」こそが、最適な一本を見つけるための絶対的な基準となります。
では、なぜ身長では不十分なのでしょうか。その理由は、同じ身長の人であっても、腕の長さや肩幅といった骨格は一人ひとり大きく異なるためです。弓道においては、矢を番え、弓を最大限に引き絞った「会(かい)」という状態が極めて重要になります。この「会」での引き尺(矢を引き込む長さ)が、その人の腕の長さに大きく依存します。もし身長だけを基準に弓を選んでしまうと、腕の長い人にとっては弓が短すぎて窮屈な射になったり、逆に腕の短い人にとっては弓が長すぎて扱いきれなかったりと、正しい射法を習得する上での大きな障壁になりかねません。自分の身体に合わない弓を使い続けることは、射形の崩れだけでなく、弓自体にも過度な負担をかけ、破損のリスクを高めてしまうのです。
そこで全ての基本となるのが「矢束」です。矢束とは、喉の中心にある窪みから、左腕を肩の高さで真横にまっすぐ伸ばした際の中指の先端までの長さを指します。この長さが、その射手にとって最も自然で力を発揮しやすい引き尺の基準となり、最適な矢の長さを導き出し、ひいては弓の長さを決定するための、いわば「身体の設計図」となるのです。
弓道の理念や用具について最も権威ある情報を提供する全日本弓道連盟も、用具の選び方において身体に合わせることの重要性を説いています。したがって、後悔しない弓選びの第一歩は、ご自身の身長を一旦忘れ、まずは正確な矢束を知ることから始まります。
参考資料:全日本弓道連盟「道具について」
種類と並寸と伸寸の違い

ご自身の身体を知る「矢束」の重要性をご理解いただけたところで、次に具体的な弓の長さの種類について見ていきましょう。弓の長さにはいくつかバリエーションが存在しますが、現代の弓道で基本となるのは「並寸(なみすん)」と「伸寸(しんすん)」の2種類です。この二つの特性を正確に把握することが、弓選びの核心となります。
並寸(なみすん)
並寸は、標準的な長さの弓を指し、その規格は七尺三寸(約221cm)と定められています。日本の弓道人口の中で最も多くの人に使用されているのがこの並寸であり、まさにスタンダードな弓と言えるでしょう。後ほど詳しく解説しますが、矢束が標準的な範囲(一般的に85cm未満)に収まる場合は、まずこの並寸が第一候補となります。多くの指導者が初心者に並寸を勧めるのも、基本的ながら扱いやすく、正しい射形を身につける上で基準となりやすいためです。
伸寸(しんすん)
伸寸は、その名の通り並寸よりも長く作られた弓で、規格は七尺五寸(約227cm)です。並寸に比べて二寸(約6cm)長い設計となっており、主に高身長の方や、身長に関わらず腕が長く矢束が90cmを超えるような方向けに作られています。ご自身の矢束に対して弓が短すぎると、「会」の段階で弓が本来のしなりを発揮できず、性能を最大限に引き出せないばかりか、弓の寿命を縮めてしまう原因にもなります。
この6cmの違いは、引き心地にも明確な差をもたらします。同じ強さ(弓力)の弓であっても、一般的に伸寸の方が全長が長い分、引き味が柔らかく感じられ、ゆったりと大きく弓を引き込むことができます。ただし、その長さゆえの扱いにくさも考慮しなければなりません。特に体格に対して長すぎる弓を選んでしまうと、射を行う際に弓の下側(下弭)を床にぶつけたり、体軸がぶれやすくなったりと、かえって扱いにくさを感じる場面も出てきます。
| 種類 | 長さ(規格) | 主な対象者の矢束(目安) | 特徴 |
| 並寸 | 七尺三寸(約221cm) | 85cm未満 | 標準的で扱いやすい。基本の射形習得に適している。 |
| 伸寸 | 七尺五寸(約227cm) | 90cm以上 | 引き心地が柔らかい。矢束が長い人向け。 |
このように、並寸と伸寸にはそれぞれ明確な役割と特性があります。どちらが優れているというわけではなく、ご自身の身体という絶対的な基準に合わせて、最適なパートナーを選ぶことが何よりも大切です。
選ぶ基本的な決め方を解説

ご自身の身体の基準である「矢束」と、弓の選択肢である「並寸・伸寸」について理解が深まったところで、いよいよ実際に弓を選ぶための具体的な手順に移ります。後悔しない弓選びのために、以下の3つのステップを一つずつ丁寧に進めていきましょう。
ステップ1「正確な矢束を測る」
繰り返しになりますが、全ての土台となるのが正確な矢束の測定です。少しの誤差が弓の選択を左右することもあるため、慎重に行いましょう。
- まず、壁などに背をつけ、リラックスしてまっすぐに立ちます。
- 左腕を床と平行になるように、肩の高さで真横にまっすぐ伸ばしてください。このとき、無意識に肩が上がったり、肘がわずかに曲がったりしないよう注意が必要です。
- 顔は正面を向いた状態を保ちます。
- 可能であれば、道場の仲間や家族など、他の人に手伝ってもらい、メジャーがたるまないように気をつけながら「喉の中心の窪み」から「伸ばした左腕の中指の先端」までの長さを正確に測ってもらいます。
- もし一人で測る場合は、部屋の壁の角などを利用するのが便利です。角に喉の中心をしっかりと合わせ、腕を伸ばした先の壁にマスキングテープや付箋などで印をつけ、後からその印までの長さを測ることで、誤差を少なくできます。
人の身体は、時間帯や体調によって微妙に変化します。一度だけでなく、日を改めて2〜3回測定し、その平均値を自身の矢束として記録しておくことを強くお勧めします。
ステップ2「矢束の長さを目安に弓の種類を選ぶ」

ご自身の正確な矢束が把握できたら、それを基に弓の種類の目安をつけます。具体的な数値の目安については次の見出しで詳しく解説しますが、「自分の矢束なら、並寸と伸寸のどちらがより適している可能性が高いか」という大まかな方向性をこの段階で定めます。
ステップ3「専門家のアドバイスを参考にする」
自己測定と目安の確認ができたら、最後の、そして最も重要なステップが専門家への相談です。必ず弓具店の店員さんや、所属する道場の指導者といった経験豊富な方にアドバイスを求めてください。
弓具店の専門家は、これまで数え切れないほどの射手の弓選びに立ち会ってきたプロフェッショナルです。あなたが測定した矢束の数値を伝えれば、その数値だけでは判断できない、あなたの骨格、筋力、さらには今後の上達の可能性まで見越して、最適な一本を提案してくれるはずです。「この矢束だと、どちらの弓が合っていますか?」と素直に尋ねるだけで、有益なアドバイスが得られます。特に、矢束が並寸と伸寸の境界線あたりにある方にとっては、専門家の知見が最終的な決断を下す上での、この上なく心強い味方となるでしょう。
自分に合う弓道で弓の長さを見つける方法
伸寸は何センチから?目安でわかる並寸の選び方

ご自身の正確な矢束が測定できたら、いよいよ数ある弓の中から、自分だけのパートナーとなる一本を具体的に絞り込んでいく、最も楽しく、そして重要な段階に入ります。どの長さの弓を選ぶべきか、その客観的な基準となる一般的な目安を、まずは以下の表でご確認ください。
| 矢束の長さ | 推奨される弓の長さ | 主な対象者 |
| 80cm未満 | 三寸詰(さんすんづめ / 約212cm) | 小柄な方、中高生など |
| 80cm ~ 85cm未満 | 並寸(なみすん / 約221cm) | 標準的な体格の方 |
| 85cm ~ 90cm未満 | 並寸 または 伸寸 | 移行期間。専門家との相談が特に重要 |
| 90cm以上 | 伸寸(しんすん / 約227cm) | 高身長、または腕の長い方 |
| 100cm以上 | 四寸伸(よんすんのび / 約233cm) | 特に長身、または腕の長い方 |
この表が示すように、多くの場合、ご自身の矢束が85cm未満であれば並寸、90cm以上であれば伸寸を選ぶ、というのが基本的な考え方になります。これは長年の経験則から導き出された、信頼性の高い基準です。
しかし、最も判断に迷われるのが、矢束が85cmから90cmの間の、いわゆる「ボーダーライン」に位置する方々です。この場合、並寸と伸寸、どちらの選択肢も間違いではなく、ご自身の状況や目指す方向性によって最適解が変わってきます。判断するための視点として、以下の点を考慮すると良いでしょう。
一つは、ご自身の将来性や身体の変化です。特に、まだ身体が成長過程にある学生の方や、弓道を始めて間もない方は、今後の稽古によって筋力がつき、肩関節の可動域が広がることで、数センチ矢束が伸びることは珍しくありません。将来的な射の大きさを見越して、少し長めの伸寸を選ぶ、というのも合理的な考え方の一つです。
もう一つは、所属する道場や部の指導方針です。指導者によっては、「まずは扱いやすい並寸で、射法の基礎を徹底的に固めるべき」という方針もあれば、「ゆったりとした大きな射形を身につけるために、最初から伸寸に慣れておくべき」という方針もあります。どちらも理にかなった考え方ですので、ご自身の指導者の意見を尊重することは非常に大切です。
最終的には、これらの客観的な情報に加え、ご自身の感覚を信じることが何よりも重要です。弓具店で実際に両方のサイズの弓を(可能であれば弦を張った状態で)持たせてもらい、構えた際のしっくりくる感覚や、取り回しのしやすさを確かめてください。数値データはあくまで地図のようなものであり、最終的な目的地を決めるのはあなた自身の感覚です。専門家のアドバイスとご自身の感覚を総合して、心から納得できる一本を選んでください。
三寸詰や女子伸寸デメリットなど注意点

大多数の方が「並寸」か「伸寸」のいずれかに当てはまりますが、より最適な一本を見つけるためには、少し特殊なケースや、弓道の世界で時折耳にする誤解についても正しく理解しておくことが大切です。ここでは、知っておくべき二つの重要な注意点について掘り下げて解説します。
小柄な方向けの「三寸詰」
並寸(約221cm)でもまだ弓が長すぎると感じる小柄な方や、特に中高生の弓道部員向けに、「三寸詰(さんすんづめ)」という選択肢が存在します。これは、その名の通り並寸よりも三寸(約9cm)短い、七尺(約212cm)の規格を持つ弓です。主に矢束が80cm未満の方に適しているとされています。
体格に合わない大きな弓を無理に使い続けると、射を行う際に体軸がぶれやすくなったり、弓の反動を制御しきれなかったりと、正しい射法を身につける妨げになりがちです。三寸詰は弓全体が短いことで取り回しがしやすく、引き分けから会にかけての一連の動作がコンパクトになるため、体軸を安定させやすいという技術的な利点があります。ご自身の矢束がこの範囲に該当し、並寸の扱いにくさを感じている場合は、三寸詰を検討する価値は十分にあるでしょう。ただし、将来的に身長や矢束が大きく伸びる可能性が高い場合は、数年で買い替えが必要になる可能性も視野に入れておく必要があります。
「女子伸寸デメリット」という考え方について
時折、特に古くからの指導者の間で、「女性は伸寸を使わない方が良い」といった考え方を耳にすることがあります。しかし、現代の弓道においては、この考え方は必ずしも正しいとは言えません。
この考え方が生まれた背景には、一般的に女性は男性に比べて筋力が少ないため、長くて重い弓を扱うのは大変だろうという配慮や、弓具の選択肢が今ほど豊富でなかった時代の名残があります。しかし、繰り返しになりますが、弓の長さを選ぶ上で最も重要な基準は、性別や筋力ではなく、個人の骨格を反映した「矢束」です。
例えば、矢束が90cm以上ある女性が、周囲の意見に流されて無理に並寸を使い続けた場合、窮屈な引き方によって「早気(はやけ)」などの射癖がついてしまったり、弓に過剰な負担がかかって破損の原因になったりするリスクの方がはるかに大きなデメリットとなります。
デメリットを考えるならば、それは「性別」ではなく、「自分の矢束に合わない弓を使い続けることのリスク」と捉えるべきです。弓道の本質は、個々の身体と用具とが一体となり、調和することにあります。性別という大きな括りで用具を限定するのは、その理念にそぐわないと言えるでしょう。体力面で不安がある場合でも、弓の扱いにくさは長さよりも「弓力(弓の強さ)」に起因することが大半です。体力に自信がなければ、まずは弱い弓力の伸寸から試してみるのが、最も合理的で安全な選択です。性別という先入観にとらわれず、ご自身の身体の寸法に正直に、最適な長さの弓を選んでください。
最適な弓道で弓の長さを見つけよう

この記事では、後悔しない弓の長さの選び方について解説してきました。最後に、最適な一本を見つけるための重要なポイントをまとめます。
- 弓道の弓の長さを選ぶ基準は身長ではなく矢束です
- 矢束とは喉の中心から左手中指の先までの長さのこと
- 自分に合わない弓は上達を妨げる原因にもなります
- 弓選びの第一歩はご自身の正確な矢束を測定すること
- 標準的な弓の長さは七尺三寸、約221cmの並寸です
- 矢束が長い人向けには七尺五寸、約227cmの伸寸があります
- 並寸と伸寸では長さが約6cm異なり引き心地も変わります
- 一般的に矢束が85cm未満の場合は並寸が推奨されます
- 伸寸は何センチからかと言うと矢束90cm以上が目安です
- 矢束が85cmから90cmの人は専門家との相談が鍵です
- 小柄な方向けには並寸より短い三寸詰という選択肢も
- 女子伸寸デメリットという考え方は必ずしも正しくありません
- 性別ではなくあくまで個人の矢束で判断することが大切
- 数値データだけでなく弓具店で実際に持ってみることも重要
- 最終的には指導者や専門家のアドバイスを参考に決定しましょう


